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糖化反応阻害剤(ビタミン類、その他の物質)

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糖化反応阻害剤(ビタミン類、その他の物質)

糖化反応阻害剤とは

前回(第8回)に引き続き、糖化反応阻害剤についての紹介です。

生体内の糖化反応を阻止することは、糖尿病合併症や加齢に伴う動脈硬化、心筋異常などの発症・進展を防ぐ効果が期待されます。このため、世界各国においてさまざまな糖化反応阻害剤やAGEs生成阻害剤が開発検討されてきました。

今回(第9回)は、これまでに開発検討されてきた「ビタミン類」と「その他の物質」の糖化反応阻害剤について紹介します。

ビタミン類

ピリドキサミン(Prydoxamine)

ピリドキサミン(図1)は米国のBioStratum社が開発した薬剤で、ピリドキシン、ピリドキサールと共に水溶性のビタミンB6化合物に分類される生理活性物質です。ピリドキサミンは他のビタミンB6化合物と異なり、複素環の4位にアミノメチル基を持つ化学構造を特徴としています。

ピリドキサミンの構造式

図1. ピリドキサミンの構造式

ピリドキサミンをSTZ誘発糖尿病ラットに28週間飲水投与(1g/L)した結果では、皮膚コラーゲン中CML、CELの減少および組織タンパク質のプロテアーゼ消化時間の短縮が観察されると共に、尿中アルブミン排泄量、腎重量、血漿クレアチニン濃度の低下が見られ、腎症の改善作用が確認されています。

また別の実験では、29週間の飲水投与(1g/L)で網膜中CMLの低下、無細胞毛細血管数およびラミニンの発現減少が見られ、網膜症の改善作用が確認されています。

ピリドキサミンの糖化反応阻害作用は、カルボニル化合物捕捉作用、金属キレート阻害作用および抗酸化作用によるものと考えられています。日本では2001年に興和㈱が糖尿病性腎症治療薬としてBioStratum社から導入し、臨床試験を実施しましたが2008年に開発が中止されています。

ベンフォチアミン(Benfotiamine)

ベンフォチアミン(図2)はビタミンB1として知られるチアミンを脂溶性化した誘導体で、1959年に日本の三共㈱(現、第一三共㈱)で開発された持続性ビタミンB1化合物のひとつです。

ベンフォチアミンの構造式

図2. ベンフォチアミンの構造式

ベンフォチアミンは消化管から吸収後、生体内でチアミンに代謝されるため、チアミンに比べて生体内で約5倍の利用率があると言われています。

STZ誘発糖尿病ラットに、ベンフォチアミンまたはチアミンを混餌投与(0.38mmol/kg/日)した結果、ベンフォチアミン投与群で上腕神経中のCMLと3-DGが有意に減少しましたが、チアミン投与群への効果がなかったことが報告されています。

さらに1型および2型糖尿病患者40人に二重盲験法で3週間、1日40mgのベンフォチアミンを投与した結果、血糖値、HbA1cおよびBMIの変動がなく、糖尿病性神経障害が有意に抑制されたことが報告されています。

糖尿病に対するベンフォチアミンの作用は、ペントース・リン酸経路のトランスケトラーゼを活性化させ、その結果として合併症の要因になるポリオール代謝経路、PKC(プロテインキナーゼC)および糖化反応の抑制をしていると考えられています。

αリポ酸(α-Lipoic acid)

αリポ酸(図3)はチオクト酸とも呼ばれ、分子内にカルボキシル基と環状のジスルフィドを含んでいる化合物で、抗酸化作用、抗酸化物質の再生作用、エネルギー産生の向上作用が知られています。

αリポ酸の構造式

図3. αリポ酸の構造式

2004年に厚生労働省より医薬品から食品としての使用が許可されたため、健康食品の成分として一般に広く良く知られるようになりました。

αリポ酸は、ジャガイモ、ほうれん草、ブロッコリー、トマト、ニンジンなどの野菜や、レバーなどの肉類に微量含まれます。しかし化学合成が容易なため、化学合成品が利用されています。

ラットにαリポ酸を注射投与(35mg/日)して、高フルクトース食(60%)で45日間飼育した結果、αリポ酸を投与したラットの皮膚コラーゲン中AGEsの蓄積が抑制され、プロテアーゼ(ペプシン)消化性の低下を抑制したことが確認されています。

さらにドイツで実施された臨床試験(ALADIN study)では、糖尿病患者にαリポ酸を100~1200mg/日、3週間、点滴投与した結果、600mg/日以上の投与群で、神経障害レベルのスコア改善が見られたことが報告されています(図4)。

αリポ酸投与における糖尿病性神経障害スコアの変動

図4. αリポ酸投与における糖尿病性神経障害スコアの変動
(Ziegler D et al, Diabetologia(1995)より)

αリポ酸には強い抗酸化能と、細胞内に存在するグルコーストランスポーター(GLUT-4)の細胞膜への動員を刺激し、筋や筋細胞におけるインシュリンによる糖の取り込みを増加させる作用や、肝細胞において糖新生を阻害する作用が確認されています。

また、糖代謝過程のα-ケトグルタル酸塩やピルビン酸塩の脱炭酸反応に対するコファクターでもあるため、TCA回路への炭素流量の調節剤としてATPの生成をもたらしています。さらに、α-リポ酸は解糖系で生じたピルビン酸の酸化的脱炭酸反応に補酵素としても作用しています。

αリポ酸の作用は、筋や筋細胞における糖の取り込み促進、金属キレート阻害作用と考えられています。

その他の物質

23CPPA (2-[(3-chlorophenyl)amino]phenylacetic acid)

23CPPA(図5)は非ステロイド性抗炎症薬であるジクロフェナク(商品名:ボルタレン)の誘導体のひとつとして見出された化合物です。23CPPAはジクロフェナクの塩素基が1つになった化学構造で、その作用であるシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害作用がほとんどありません。

23CPPAの構造式

図5. 23CPPAの構造式

23CPPAをdb/dbマウスに8週間経口投与(10mg/kg/日)した結果では、血漿中の糖化アルブミンが正常化し、腎糸球体におけるTGF-β1の発現、腎皮質におけるフィブロネクチンとⅣ型コラーゲンの発現および尿中アルブミンの排泄量が減少したと報告されています。

23CPPAの作用は、アルブミン分子中のリジン残基近傍に結合して、糖化されるのを防いでいると考えられています。

ALT-711(N-phenacyl-4,5-dimethylthiazolium bromide)

ALT-711(薬品名:アラゲブリウム、図6)は、糖化反応によりタンパク質に形成した架橋を切断する作用を有する老化疾患治療薬として、米国のAlteon社(現Synvista社)によって開発された化合物です。同社が既に合成していた同作用の薬剤PTB(phenacylthiazolium bromide)の水溶解後の安定性を改善した物質です。

ALT-711の構造式

図6. ALT-711の構造式

生体中のコラーゲンやエラスチンは、長期間グルコースと共存するとタンパク質架橋を形成し、循環器、血管、皮膚などの組織に糖化変性(タンパク質老化)をもたらすことが知られています。ALT-711は、糖化反応阻害剤に期待される予防作用と異なり、既に組織変性が進んだ疾患の治療に有用と考えられています。

ALT-711をSTZ誘発糖尿病ラットに投与した結果、尻尾コラーゲン、左心室コラーゲンの架橋形成を防ぎ、心筋中AGEsや腎臓中CML蓄積量を低減し、動脈硬化や心筋異常、腎症を改善したことが報告されています。

また動脈硬化を有する高齢者に対する臨床試験では、ALT-711の8週間、経口投与(210mg/日)により、血管弾性と脈圧に有意な改善効果が認められています。

日本では1999年に大正製薬㈱がAlteon社から日本における優先使用権を取得しましたが、2000年に開発を中止しています。またAlteon社では、その後の毒性試験で肝癌の発生が確認されたため2005年に開発を中止しています。

PTBおよびALT-711の作用は、金属キレート形成作用、抗酸化作用およびカルボニル化合物捕捉作用により、AGEsの生成およびAGEs架橋形成を阻害している可能性があると考えられています。

クレメジン(Kuremezin)

クレメジンは、日本の呉羽化学工業株式会社(現、株式会社クレハ)によって1991年に開発された、高純度の多孔質炭素からなる球形微粒子の経口吸着剤です。

クレメジンは、消化管で分泌または腸管内で産生される尿毒症毒素(ウレミックトキシン)を吸着し、便とともに排泄することにより、保存期慢性腎不全患者に対して尿毒症症状の改善や透析導入の遅延をもたらす治療を行うために使用されています。

食物由来のAGEsは、その約10%が消化管を通して吸収されることが報告されています。クレメジンを慢性腎不全患者に投与(6g/日)すると血中のAGEs 量が減少することから、飲食物中の糖化反応生成物を吸着・除去することにより生活習慣病発症・進展の予防が考えられています。

参考文献
    1. 山岸昌一(編), AGEs研究の最前線 糖化蛋白関連疾患研究の現状, 231pp, メディカルレビュー社, 2004.

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