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糖化ストレスと不妊症

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エイキット株式会社 生命医科学検査センター
糖化ストレス研究所
八木雅之 所長 監修

糖化ストレスと不妊症

不妊症とは

 不妊症とは、特に病気のない男女が妊娠を希望し、一定期間、避妊せずに夫婦生活を送っていても、妊娠しない状態を指す 1)。不妊症と診断する「一定期間」は年齢によって異なっている。一般に、年齢が若い夫婦では妊娠できない期間(不妊期間) が比較的長くても、その後に自然に妊娠する可能性が残っていることが多い。しかし年齢が高い夫婦では不妊期間が短くても、それ以降、自然妊娠する可能性は低くなる。

 日本産科婦人科学会の産婦人科用語集2013年版では、不妊症と診断する一定期間について、2年間が一般的としている。世界保健機構(World Health Organization:WHO)では2009年に不妊症を「1年間の不妊期間を持つもの」と定義している。米国生殖医学会(American Society for Reproductive Medicine:ASRM)では2013年に、「不妊症と定義できるのは1年間の不妊期間を持つものであるが、女性の年齢が35歳以上の場合には6ヶ月の不妊期間が経過したあとは検査を開始することは認められる」としている 2)

 日本の場合、子供を希望する夫婦が避妊をしないで性行為を行った場合は、6ヶ月以内に65%、1年で80%、2年で90%、3年で93%が妊娠するといわれている。このため2年以内に妊娠できなかった10%の夫婦は不妊であるとされる。不妊の発生割合を男女別でみた場合、男性側が約40%、女性側が約40%、両側が15%、原因不明が5%とされている 3)

 不妊の原因は、男性側で造精機能障害、精路通過障害、副性器障害,男性性機能障害等があげられるが、その多くは無精子症、乏精子症、精子無力症、奇形精子症等の精子に問題がある。女性側では卵管疎通性障害と排卵障害の2つがあり、それらの原因は頸管因子、子宮内膜症、子宮筋腫、子宮奇形等がある。そして、女性の場合はその原因が複合的に併発することで、より複雑な不妊症状を招いている。

 これらの原因により約10%の夫婦は不妊であり、その発生は夫婦それぞれにある場合が多い。また、不妊の原因は精子と卵子の障害であるため、不妊治療の方法も段階的、長期的に取り組む必要があると考えられている 3)

 主な先進国において不妊症に悩む夫婦は、約10%存在するといわれている。そのうち解剖学的、免疫学的、遺伝的、内分泌的な原因は5%とされ、主な要因として感染、環境因子、社会的因子などがあると考えられている 4)

 不妊症の治療には、排卵の時期を予測して性交を行うタイミング療法や、ホルモン剤の内服・注射などの薬物療法などがある。このような治療を半年から 1年かけて行い、それでも妊娠しなければ、次の選択肢として生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)が考慮される。 ARTは卵子および精子を扱う不妊治療を指し、体外受精(in vitro fertilization:IVF)、IVF+顕微授精(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)、配偶子卵管内移植(gamete intrafallopian transfer:GIFT)、接合体卵管内移植(zygote intrafallopian transfer:ZIFT) などがある。世界的には IVFあるいは IVF+ICSIが最も広く行われている 4)。日本国内においては不妊治療の実施件数が年々増加し、2010年に年間24万件に達している(図1)5)

図 1. 不妊治療の実施件数

図 1. 不妊治療の実施件数
厚生労働省 (2013) 5)

不妊症と糖化ストレス

 不妊症は卵巣機能障害、男性不妊、卵障害が三大原因である。卵巣機能障害の最も多い原因は多嚢胞性卵巣症候群(polycytic ovary syndrome:PCOS)である。PCOSの主たる病因はインスリン抵抗性(insulin resistance)とされており 6)、ビグアナイド系の糖尿病治療薬であるメトホルミン(metformin)の投与で排卵、妊娠率が改善する 7)。また、不安、ストレス、加齢、肥満、痩せ、運動不足、睡眠不足、飲酒、喫煙、不規則な食習慣はインスリン抵抗性を引き起こすため、PCOSでない卵巣機能障害に対してもメトホルミンが胚発育、妊娠率を改善する 8)。卵管障害や着床障害の一部も子宮内膜のインスリン抵抗性が関与している。

 不妊症とAGEsに関連する研究はまだ多くない。健康な女性と比べてPCOS女性の卵巣では、卵巣細胞や血管内皮細胞でAGEsとRAGEの高発現が認められている 9)。また、空腹時血糖が正常で食後血糖値がやや高いPCOS女性では、健康な女性と比べて血清AGEs値、単球でのRAGEの発現が高い (表1)10)。さらに原始卵母細胞、一次卵胞および閉鎖卵胞にペントシジンが確認され、加齢とともに増加することが示されている 11)。ヒト絨毛細胞培養系にAGEsを添加するとアポトーシスが誘導され、AGEsが着床と胎盤機能を傷害する可能性が示唆されている 12)

表 1. 健康女性とPCOS女性の血清AGEsとRAGEの発現

表 1. 健康女性とPCOS女性の血清AGEsとRAGEの発現

 不妊症の病因には2型糖尿病と共通した点がある。インスリン抵抗性による卵胞での相対的なインスリン不足が、卵や卵胞での酸化ストレスを増加させ、あるいはインスリン分泌能の低下から食後高血糖を引き起こし、組織中のAGEs産生の増加とともにRAGEの高発現を起こす。その結果、卵胞およびその微小血管系の細胞組織において、血管内皮細胞障害、血栓形成傾向、炎症誘発が加速され、卵や卵胞の発育不良と卵胞閉鎖の促進に至ると考えられている。しかし不妊は卵胞や子宮内膜でのインスリン作用不全のみでも起こりうるため、高血糖や糖尿病検査値異常などの全身的徴候を必ずしも伴わない 13)

AGEsの蓄積と生殖補助医療成績

 生殖補助医療(ART)157症例における、AGEsの蓄積とART成績に関連性が報告されている 14)。この結果では、血清および卵胞液中のtoxic AGE(TAGE)、卵胞ペントシジン、卵胞カルボキシメチルリジン(CML)が、発育卵胞数、血清エストラジオール(estradiol: E2)値、採卵数、受精卵数、胚数および良好胚数と有意な負の相関を示した。しかし血漿ペントシジン、血漿CML、皮膚中AGEs蓄積量には相関を認めなかった。さらに卵胞液ペントシジンは継続妊娠例と比べて、非妊娠例と流産例で有意に高かった(図2)。

図 2. ART (IVF/ICSI) 実施157症例におけるAGEs蓄積量とART成績

図 2. ART (IVF/ICSI) 実施157症例におけるAGEs蓄積量とART成績
S : serum, P : plasma, FF : follicular fluid
Jinno M, et al (2011) 14)

 症例の年齢、BMI、day-3-FSH(day 3 levels of follicle stimulating hormone)、既往ART不成功回数、卵管因子の有無、卵巣障害の有無、血中および卵胞液中TAGE、ペントシジン、CMLの12因子について関連性を解析した結果では、年齢、血清TAGE、卵胞液ペントシジンの3因子が有意な継続妊娠の予測因子であった。

 さらに、血清TAGEが7.24 U/mL以上の女性では、これ未満の女性と比べて採卵数、継続妊娠率ともに、加齢に伴う低下よりも急激な低下がみられた。また血清TAGEが7.24 U/mL以上であると、day-3-FSHが正常であっても、採卵数や継続妊娠率も不良であった。

 これらの結果、TAGEの上昇は卵胞数の減少に関与すると推察され、TAGEの上昇が始まる前に対処すれば卵胞が破壊されて減少することを食い止められる可能性が考えられている。

糖化ストレス抑制による卵巣機能障害治療の可能性

 AGEs生成阻害作用を有するビタミンB1誘導体であるベンフォチアミン、インスリン抵抗性改善薬のメトホルミン、インクレチン分解酵素であるDPP-4阻害薬であるシタグリプチンの投与による生殖補助医療(ART)成績への改善効果が検討されている。

 3回以上のARTで継続妊娠しなかった7症例に対して、ベンフォチアミンを75 mg/日を2ヶ月間投与した後、再びARTを実施した結果、卵胞液CMLとTAGEが有意に低下し、卵あたりの良好胚率が増加した 13)

 メトホルミンが有効と推定された非PCOSのART反復不成功33症例 (37.5±0.8歳) に対して、月経周期第3日目よりメトホルミン125 mg/日、その後5日間ごとに投与量を125 mg/日ずつ漸増させ、最終的に500~750 mg/日に維持して、8~12週間後にARTを実施した。その結果、メトホルミンを投与しなかった群と比べて、卵胞径、血清E2値、卵胞あたりのE2値、良好胚数、継続妊娠率が有意に増加した(図3) 7)

図 3. ART反復不成功例 (非PCOS) に対するメトホルミンART の臨床成績

図 3. ART反復不成功例 (非PCOS) に対するメトホルミンART の臨床成績
神野正雄 (2008) 7)

 さまざまな卵巣刺激法を行ってもART反復不成功の高齢女性(41.0±0.5歳)44症例を対象に、シタグリプチン50 mg/日を1ヶ月間投与した後にARTを実施した結果、シタグリプチンを使っていないART症例と比較して、発育卵胞数、採卵数、胚数、良好胚数および継続妊娠率が増加した 13)

 以上のように、糖化ストレスの抑制は生殖医療において卵胞の発育、胚発育、妊娠継続に有効に作用する可能性がある 15)。またAGEsの蓄積改善は新しい不妊症対策の可能性として考えられる。

参考文献
    1. 日本生殖医学会:不妊症Q&A. 2012.
    2. Basco D, et al. : J Law Med Ethics. 2010 ; 38 : 832–839.
    3. 林谷啓美ら : 川崎医療福祉学会誌. 2009 ; 19 : 13-23.
    4. Journal of International Health. 2009 ; 24 : 23-29.
    5. 厚生労働省 : 不妊に悩む方への特定治療支援事業等のあり方に関する検討会・報告書(関係資料3). 2013/08/23.
    6. Dunaif A. : Endocrine Reviews. 1997 ; 18 : 774–800.
    7. 神野正雄 : 日産婦誌. 2008 ; 60 : 239-244.
    8. Jinno M, et al. : Hormones. 2010 ; 9 : 161-170.
    9. Diamanti-Kandarakis E, et al. : Histochem Cell Biol. 2007 ; 127 : 581–589.
    10. Diamanti-Kandarakis E, et al. : Clinical Endocrinology. 2005 ; 62 : 37–43.
    11. Matsumine M, et al. : Acta Histchem Cytochem. 2008 ; 41 : 97-104.
    12. Konishi H, et al. : Human Reproduction. 2004 ; 19 : 2156-2162.
    13. 神野正雄 : AGEsと生殖医療, AGEsと老化 太田博明(監). 2013 ; 251-259, メディカルレビュー社.
    14. Jinno M, et al. : Human Reproduction. 2011 ; 26 : 604-610.
    15. Jinno M, et al. : Anti-Aging Medicine. 2012 ; 9 : 6-13.